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九井諒子の「気付き」のトリック

前回(http://yag-ays.hatenablog.com/entry/2012/10/07/161201)の続き.

前回はあまりあからさまに書かなかったが,要するに自分の中に持っているものを否定するなということだ.イジメに対して怒りを覚えたり嫌悪感を感じたりするのは何も悪いことではない.ただ,それを自分の外部のことなんだと排除して純粋な悪として捉えるのは間違っているということだ.ストレス発散みたいな感じで憎悪を素直に表に出すのはまあいいけど,それで満足というのはあまりにも幼稚すぎやしないか?

客観視し始める「ふとしたキッカケ」

これは小説や漫画のストーリーの見方にも顕著にあらわれる.例えば,アンパンマンやドラえもんなどで,悪者として出てくるバイキンマンやジャイアンなどを主役に置いて,物語の中でしっくり来なかったズレの部分は実は悪役が裏で何かしていたのだといった二次創作や妄想の類はいくらでもある.悪役が裏では努力しているのに正義の味方は何もしなくても勝てるといった話でも良い.2chまとめblogにいけば,そういった話はいくらでも転がっている.そのような話を見ると,もう昔のような純粋な気持ちでは子供向けのアニメは見られないんだな,みたいな感じになるのがお決まりなのだが,僕としては,それこそ大人のモノの見方を習得した証なんだと思わずにはいられない.

そういった客観的な考え方は,ふとしたキッカケで訪れる.子供の時によく見たアニメを大人になって見返して「懐かしいな〜」なんて思っていると,ふと気付く.「あれ,なんでバイキンマンはみんなを襲うんだ?」「ジャイアンやスネオは意地悪だけど道具を使った時ののび太も大概だよな」みたいに,昔では疑問にさえ思わなかったことが吹き出してくる.それは,悪役の立場にたって考えるという行為が出来るようになったからであり,物語の世界と現実の世界のズレとして物事の背後にある理由を考えずにはいられないという事の現れでもある.つまり,そういった経験を重ねていくうちに,実は小説や漫画に出てくる人物というのは見方であれ敵であれ一人の人間として存在しており,人間であることははつまり自分と同じ,言ってしまえば登場人物みんな自分なんだとということを感じ取るようになると僕は思う.

九井諒子の漫画に潜む「ふとしたキッカケ」

さて本題だが,上で書いたような「ふとしたきっかけ」を気付かせてくれるというのは,九井諒子が非常に得意としているところだ.例えば「竜の学校は山の上 九井諒子作品集」では,架空の存在である竜が現実に存在しているのだが,ファンタジーにあるような力強さや権威の象徴としてではなく,あまり実社会に役に立たないような,ちょっと人を載せて飛べる程度のただの動物として出てくる.漫画の舞台である大学には竜を研究する学科があり,その学生たちが竜について勉強したり研究したりしている.しかし,登場人物はみんな竜のことをゲームに出てくるモンスターみたいな感じで見てはいない.ただの生き物,しかも家畜などと違って余り人間の営みの役に立たない野生の動物程度にしか感じていない.そういった中で,竜と人間の関係に悩む学生が,竜が好きな先輩との交流の中で次第にその答えを見つけていくというのが,九井諒子の「竜の学校は山の上」という漫画だ.これを何も考えずに読めば「ああ,九井諒子は竜をこんな感じで扱うのね,そこが新しいからチヤホヤされてるんだね」みたいな斜に構えた考えになりがちなのだが,僕が思う九井諒子の漫画の凄さというのは竜の出し方が新しいからなんかじゃないんだと強く主張したい.この漫画における竜という存在は,実は現実にある色んな役に立たないと思われがちな物事を象徴しているのだということだ.竜に代弁させている現実世界のいろんな事というのは,当然役に立たないと思われてるから,別にそれを漫画にしたって面白くない.でも竜というファンタジーを少し加えて漫画にすることで,ぐっと対象物への先入観がなくなって,世間から疎ましく思われていること自体をじっくり考えはじめる動機になる.この物語はファンタジーだと思って読み始めるんだけど,ふとしたキッカケで「これはファンタジーじゃなくて現実そのものなんじゃないか?」と気付く.これは本当に凄いテクニックで,ちょっとした仕掛けで非常に有効に機能していると思う.僕が九井諒子を非常に評価しているのは,まさにこの部分なのだ.

まとめ

さて,当初のイジメの文面から非常にそれてしまったが,結論としては,

  • 小説や漫画の物語に出てくるすべてのことは,自分の中にあるものだと考えよう
  • 九井諒子の漫画は「気付き」のトリックが非常に機能している

ということだ.

ああああああ,九井諒子の新刊楽しみだなぁ〜〜〜〜〜〜〜